コラム

「難波邸」後編

別冊コロカル 第7回 岡山県美作市

「難波邸」後編
マガジンハウスのwebマガジン『コロカル』と連動し、全国のすてきなお店を訪れます。岡山の北西部にオープンした難波邸。ものづくり、自然、食など、文化の発信拠点としての役割を担いつつあります。

岡山県の北西部の山のなかにある静かな宿場町、大原宿。風情あるまち並みに残る古民家を改修して、「難波邸」という複合施設ショップが2013年3月にオープンした。運営に携わるのは、木工作家の山田哲也さんと、食堂で料理をつくる奥さまの貴美さん、そして、染織家の鈴木菜々子さんと、その旦那さまでデザイナーの宏平さんの4人だ。

 

Iターン者として、隣町の西粟倉村に移住してきた彼らが、豊かな自然に寄り添いながら木工や染織、食、デザインなどそれぞれの領域でものづくりを追求。同時に、それらの活動も難波邸のwebサイトやチラシをつくり、発信している(オープンまでの経緯は前編を参照)

改修に力を注いだ食堂。西粟倉のヒノキ材を張った床はやわらかく足裏に心地いい。カウンターの材料も西粟倉のヒノキを使っているそうで木の香りにつつまれながら、穏やかで居心地のよい時間が流れる。
改修に力を注いだ食堂。西粟倉のヒノキ材を張った床はやわらかく足裏に心地いい。カウンターの材料も西粟倉のヒノキを使っているそうで木の香りにつつまれながら、穏やかで居心地のよい時間が流れる。

難波邸内にある中庭の離れを改修して、草木染めの工房として使っている菜々子さん。難波邸での日々をこう語る。

 

「東京にいたときは、植物染料を買ってきて染めていたから、なんだか少しちぐはぐな感じだった。でも、ここは本当に豊かな自然に囲まれていて、植物図鑑に載っている植物を採りにいくことができることに感動してしまいました。きれいな井戸水で染められるし、制作の幅も広がりますね」

 

そう制作に没頭する傍らで菜々子さんは、春から秋の時期には難波邸の周辺に咲いている草花を使った「草木染めワークショップ」を開催している。これまでには、西粟倉のヒノキの皮、花梨や栗、マリーゴールドなど自然の恵みをめいっぱい使っている。

 

「地元のひとでも、身近な植物に目を向けるいい機会になっているみたいです。子どもから大人までいろんな方が参加してくれますよ」

染織家の菜々子さんが染めた草木染めのコースターや手拭いが販売されている。
染織家の菜々子さんが染めた草木染めのコースターや手拭いが販売されている。

難波邸の扉をあけると、土間部分と板の間がショップになっていて、陶磁器やアクセサリー、文房具などが並んでいる。それらのセレクトを手がけるのは、哲也さんだ。

 

もともと「つくり手と一緒に何かしたい」と考えていた哲也さんは、出身である島根や鳥取の窯元を訪ね歩き、ひとつひとつ買い付けてきた。

 

「いい器に出会うとこのつくり手に会いたい! と思って、とりあえず工房や窯元を訪ねます」

 

そうやって、哲也さんは、つくり手に会うことを大切にしている。顔をあわせて言葉を交わせば、何を大切にものづくりをしているのかも伝わってくる。哲也さん自身も木工のつくり手。自ずと共感できる部分があるのかもしれない。

 

知り合いから進められたという若手作家の、玄瑞窯・芝原信也さんのところへも直接会いにいった。淡い色合いや、芯のあるデザインがとてもすてきな器だ。近々、食堂で使用する難波邸オリジナルの玄瑞窯の器がお披露目されるらしい。

鳥取に窯を構えている玄瑞窯の芝原信也さんの器たち。因幡国府焼の窯元で修業後、独立したのだそう。
鳥取に窯を構えている玄瑞窯の芝原信也さんの器たち。因幡国府焼の窯元で修業後、独立したのだそう。

スタッフのみんなから「女将」と親しまれる貴美さんは、食堂の料理を一手に引き受ける。哲也さん同様、木工もできる貴美さんだが、実は食堂の改修もほとんど貴美さんが手がけたというすごい人。

 

厨房の中を淡々と、ときにテキパキとひとり動きまわる。肉汁の香ばしい匂いとともに出てきたのは、ジビエ料理の「フレル定食」だ。

メインに鹿肉または猪肉のロースト(入荷状況による)、ご飯とお味噌汁、大根の煮物、カボチャのサラダ、煮卵、グリーンサラダなど、地元でとれたものを丁寧に調理したフレル定食(1300円)。
メインに鹿肉または猪肉のロースト(入荷状況による)、ご飯とお味噌汁、大根の煮物、カボチャのサラダ、煮卵、グリーンサラダなど、地元でとれたものを丁寧に調理したフレル定食(1300円)。

この日のメインは鹿肉のロースト。美作市にある加工所から仕入れているのだそう。鹿肉と聞くと、少しクセのある匂いを想像するが、そのようなくさみは全くない。やわらかく、さっぱりとしているけどコクがあって本当においしい。香辛料を使っているのかと伺うと「塩コショウとオリーブオイル、それにほんのちょっとのニンニクを加えて一晩漬け込んだだけですよ」と貴美さん。自身が感動したジビエのおいしさを「たくさんの人に知ってほしい」と始めたのだそう。

 

地元の野菜をたっぷり使っている総菜も、どれもほっとするようなあたたかい味わいばかり。食堂のカウンターの脇には貴美さんが惚れ込んだという尾道の万汐農園のいちじくジュースや青梅ジュース、無農薬ハーブも売られていた。

食堂にあるイスは、すべてもともとこの家にあったものを貴美さんを筆頭にリメイク。ヤスリをかけて、オイルを塗り、座面も張り替えた。「同じイスだったの? と思う。見違えました!」と菜々子さん。
食堂にあるイスは、すべてもともとこの家にあったものを貴美さんを筆頭にリメイク。ヤスリをかけて、オイルを塗り、座面も張り替えた。「同じイスだったの? と思う。見違えました!」と菜々子さん。

難波邸をオープンしてもうすぐ1年。これまでに、写真展やトークイベントなども開催。そんな難波邸での情報発信のデザインを手がけているのが、デザイナーの宏平さんだ。交通のアクセスの不便なところだからこそ、デザイン力は大きな発信力となっていく。「僕自身、東京にいるときよりも仕事の幅は広がりました。こっちに引っ越してきて本当によかったと思いますよ」

 

難波邸ができたことで、大原宿の通りにも、少しずつだが来客も増え、観光協会の方や地元の人たちも喜んでくれているのだそう。

 

「僕らが難波邸を始めたのは、この街道を活性化したいということでもなく、ただ、自分たちが楽しめる場所がほしかっただけなんです。でも、ここでの活動が楽しくなってくると、この通りにもっとお店があればいいのになって思いますね」と、宏平さんはさらに続ける。

 

今、観光協会の会長と相談しながら、同じ通りにあるもう1軒の古民家を難波邸スタッフでリノベーションし、出店者を募る計画が進んでいるという。そうすれば、さらに面白いことがこの通りで生まれていくのかもしれない。

 

緑や水脈にも恵まれ、初夏には蛍も見られるという自然豊かな美作市古町。その自然を存分に楽しみながら、地元の人も県外の人も、さまざまな人が難波邸に出入りすることを4人は願ってきた。はからずとも難波邸は、新たな山陰と岡山の文化の発信拠点となり始めている。これからも、彼らなら、この土地の魅力をさらに引き出して、さらなるものづくりの文化を育んでくれるはずだ。

難波邸の玄関土間に並ぶのは、埼玉県の陶芸作家・飯高幸作さんの器と、手前にある木のスプーンは哲也さんがつくったもの。
難波邸の玄関土間に並ぶのは、埼玉県の陶芸作家・飯高幸作さんの器と、手前にある木のスプーンは哲也さんがつくったもの。

>>コロカルでは、難波邸で毎月第二土曜日に販売しているパン屋さん、タルマーリーの渡邉格さん麻里子さん夫妻を取材しています。

⇒くわしくはこちらからどうぞ:COLOCAL

 

 

文・塚原加奈子 写真・山口徹花

難波邸

【住所】岡山県美作市古町1621 【電話】0868-75-3104(代表) 0868-75-3314(工房直通) 【営業時間】11:00〜17:00 水曜・木曜休

http://nambatei.com/