"吉田さんのお気に入りのスツールを見せてください"。そう声をかけた私たちに吉田さんが指し示したのは、アンティークスタミゼの工房に置かれた高さ40cmほどの木製の丸椅子でした。
1960年代に日本で作られたナラ材のスツールは、日本の蚤の市で吉田さんがみつけたもの。アンティークスタミゼがまだ麻布十番にあったころから、吉田さんと奥さまの高橋みどりさんに愛されていました。
100年200年前や、それ以前に作られたものが多く並ぶアンティークスタミゼのなかで、ひときわ"若い"このスツールですが、その魅力は経た年月の長短では語れないものだったのです。
日本のものづくりの技術とミッドセンチュリーのデザイナーの感性の融合
座面に浅く溝を掘ったのは座り心地を考えてのこと。また、座面から下にむかうにつれだんだん細く仕上げられている脚は、よく見ると内側は角張っていますが、外側は丸く処理を施し、シャープな印象と柔和な印象の両方が非常にバランスよく感じられます。そんなディテールの美しさに吉田さんは惚れ込んだのです。
「このスツールを作った人はコルビジェやペリアンやイームズの時代のものを見てきて、いい影響を受けてきたのでしょう。丁寧さと気まじめさという日本の職人らしさに、こうした先人の知恵を合わせたようです」と吉田さんは話します。
ミッドセンチュリーと呼ばれる時代(1940〜1960年代)に脚光を浴びた多くの建築家やデザイナーのセンスは、日本人のものづくりに良い形で組み込まれているようです。
吉田さんが椅子を選ぶ基準は「厚さ・高さ・幅などのフォーム。そしてそのバランス」。アンティークのものですが、眺めるだけでなくちゃんと座って使うものだから、ゆがみが出ないようきちんとメンテナンスも行うそうです。身を委ねるものだからこそ、人それぞれの体格や感性に合った「気持ちいい」「美しい」と感じるバランスやポイントがあるはず。その感覚に素直でいたいですね。
戦前に作られた合皮のスツール
次に見せてもらったのは、見るからに固そうな茶色い座面が目を引くスツール。経年変化のなかに使い込んだ良さがあります。合皮でできた座面の中には藁が入っており、ちょっとやそっとの使用ではへたれなさそうな張りがあります。
「昔は座面の中身は藁が多かったんですよね。ウレタンを入れるようになったのは最近ですから」
真綿が高級品だった時代に、身近なものでかつ耐久性があるものとして藁を使っていたようです。
このスツール、実は吉田さんのものではないとのこと。
「骨董好きの常連さんにもうお買い上げいただいたものなのですが、家にも倉庫にも置く場所がないから、ともう10年もここに置いてあるんです(笑)」
よく見ると、売却済の赤いシールが。その常連さんはこのスツールに「美しさ」を感じて購入したそうですが、手元に置かない(置けない!)とはなんとも不思議な感じ。それでも毎週店に来てはアンティーク品を買い求めつつ、このスツールと対面しているのだそうですよ。人には人の、スツールの愛で方があるのだなぁと思ったのでした。
文・海老原悠 写真・ただ(ゆかい)