都心で、つくり手たちの思いを伝えていくこと。
東京の北西部、練馬区にある緑豊かな石神井公園。23区内とは思えないほど、どこか野趣にとんだ自然も残っている。
この近くに店を構えるのが、「knulpAA(クヌルプエーエー) gallery」(以下クヌルプ)だ。月に1回、陶芸や木工、ガラスなどクラフトの企画展をする一方で、常設で日用雑貨などを取り扱う。
オーナーの町田顕彦さんは、クヌルプを運営するうちに、この土地で店をやる意味を考えるようになっていったという(詳しくは前編で)。
「縦割りの行政区分を越えて、何かできないか」と考えた町田さんは、写真家の田崎はじめさんや絵描きの小関セキさんと3人でフリーペーパー『井』をつくり始めた。
「井」とは、石神井公園を中心とした、石神井、井草、井荻など「井」がつく地域に大泉を加えたエリアを指し、それらのまちのさまざまな出来事を発信している。年に1〜2回のペースで、現在までに6号発行。すると、いつしか練馬のそこここで、小さく活動していた人の輪がつながっていった。「自分の住んでいるところを、もっと楽しくしていきたい」と共感してくれる、制作メンバーも増えた。
さらに、町田さんは、2011年から毎年5月に、仲間とクラフト市「井のいち」を開催。宮司さんのご理解と協力から、風情ある地元の氷川神社を舞台にクラフト、音楽、フードなどのつくり手はもちろん、地元のお客さんもさまざまな人々が集う場ができた。
クラフト市と言っても、参加者はつくり手だけでない。なんと、地元図書館の「南田中図書館」も参加。「こもれびの庭」と名付けられたスペースでは、南田中図書館から持ち出された蔵書が閲覧でき、言うなれば、「森の図書館」ができるのだそう。そうやって、さまざまなジャンルの方がそれぞれの立場で自立しながら参加している。
「井のいちを行うと、自分の住むまちの“個”と“個”がゆるやかにつながっていく。何かが派生的にどんどん広がっているのを感じますね」
「東京って、都市化され、システム化されてしまっていることが多くて、いろいろなことが見えにくくなってしまうと思うんです。でも、井のいちを行うと、もうひとつ別のレイヤーで、人やものとのつながりが見えてくるんです」
町田さんは、だからこそ、都心部で人の手業を感じられる農産物やプロダクトを拾い集めていく意味はあると考えている。
「例えば食品でも、大規模なスーパーには、大量に安定供給できる安価なものが並ぶ。僕はそのシステムからこぼれてしまうものを扱っています。たとえ生産規模が小さかったとしても、そこには、実用性や機能性、美しいつくり手の創意工夫がある。やっぱり、こういったものがあるんだよと、誰かが伝えていかないといけないと思うんです」
そう、日々、つくり手の思いを柔軟に受け止め、発信してきた町田さん。その拠点となるクヌルプは、洗練された空間のなかに、町田さんの人柄を体現するようなやわらかい空気が流れている。
「この店舗で再オープンしてから力を入れているのは“クヌルプ学校”と名付けている、ワークショップなんです」と町田さんは、また新たな試みを始めた。これまでには、天然ハーブを使ったハンドクリームづくりや、音楽のパフォーマンスなど、少しずつ企画中。それらがきっかけで、また新しいお客さんが訪ねてきてくれたり、出会いの場はさらに広がっているよう。
情報も物流の回転も早い都会で、小さくも強く地元に根づいたクヌルプの営みが、これからも練馬カルチャーをもっと深く紡いでいってくれるに違いない。
knulpAA gallery
【住所】 東京都練馬区石神井町1-21-16 【電話】 03-3996-8533 【営業時間】 11:00〜19:00 不定休※HPでご確認ください