コラム

「難波邸」前編

別冊コロカル 第7回 岡山県美作市

「難波邸」前編
全国のすてきなお店をめぐり、マガジンハウスのwebマガジン『コロカル』と連動してご紹介する『別冊コロカル』。今回は、歴史あるまち並みにオープンした岡山県美作市の「難波邸」を訪ねました。

二夫婦が営む、静かな宿場町の複合施設ショップ。

鳥取県と、兵庫県の県境のまち、岡山県の美作市。

 

古民家を改修した複合施設「難波邸」は、美作市のなかでもさらに山奥へと入っていく。兵庫県のJR姫路駅から、中国自動車道を走ること約1時間。インターをおりると、山に囲まれたのどかな風景が広がっている。

難波邸の外観。山陰文化の影響で、赤い石州瓦が使われている。
難波邸の外観。山陰文化の影響で、赤い石州瓦が使われている。

難波邸がある通りは、「大原宿」と呼ばれ、平安の頃より宿場町として栄えたそう。通りは県の「まち並み保存地区」に選ばれるほど、今も風情ある町家が軒を連ねる。まるでタイムスリップしたかのようなノスタルジックな雰囲気と、静かな山の空気に包まれていた。およそ築100年になる立派な古民家が難波邸だ。

 

難波邸は、屋内の広さはもちろんのこと、奥にも敷地が続いており、中庭には蔵が2つ建っている。この広さを最大限に活用し、器やアクセサリーなどのセレクトショップ、食堂、ギャラリースペース、草木染め工房が含まれている。それらの運営を担うのは、こちらの二夫婦。

中央のふたりが、山田さんご夫妻。両端のふたりが鈴木さんご夫妻。
中央のふたりが、山田さんご夫妻。両端のふたりが鈴木さんご夫妻。

東京から移住してきた鈴木夫妻と、大阪から移住してきた山田夫妻だ。山田哲也さんは、木工作家でありながらショップのセレクター、奥さまの貴美さんは食堂の料理を一手に仕切っている。そして、中庭に工房を構えているのが染織家の鈴木菜々子さん、旦那さまの宏平さんはデザイナーとして、難波邸のwebサイトを制作したり、チラシをデザインしたりと、広報を担当している。

 

4人に共通しているのは、隣の西粟倉村に住んでいるIターン者ということ。縁もゆかりもない、こんな山奥の地に家族で引っ越した二夫婦。そもそも、どのような経緯で西粟倉村にたどり着いたのだろう。

入り口を入って右手には、山田さんが集めてきた陶磁器が並ぶショップ。奥に広がる大広間ではイベントが開かれることも。
入り口を入って右手には、山田さんが集めてきた陶磁器が並ぶショップ。奥に広がる大広間ではイベントが開かれることも。

山田夫妻は、西粟倉にある「森の学校」での就職がきっかけだ。森の学校とは、林業がさかんだった西粟倉村で、森の資源を生かしたものづくりやさまざまな事業を展開していこうと2009年に設立された。その独自の経営方法や実積は、過疎化地域の事業モデルとして、今注目されている会社だ。夫妻で木工の技術を持っていた山田さんたちは設立当初から合流し、今でも哲也さんは森の学校内に工房を構えている。

 

「僕らは自分たちで面白いことができるところであれば、田舎でも、都会でもよかったんですよね。それがたまたま西粟倉だっただけなんです」(哲也さん)

 

一方、鈴木夫妻が、西粟倉村にやってきたのは東日本大震災がきっかけだった。たまたまツイッターで見た「シェアメイト募集」という情報だけを頼りに2011年夏に、西粟倉村に初めて来たというから驚きだ。

 

「下見に来たのは夏でめちゃめちゃ気持ちのよい季節だったんです。星がきれいで、水もめっちゃくちゃキレイでした。もう、ここにしよう! って決めました」と菜々子さん。

 

「岡山なんて来たことなかったんですけどね(笑)。でも、森の学校の存在は大きかったかもしれないですね。Iターン者が多いという情報が移住の後押しをしてくれました」と宏平さんは振り返る。

西粟倉にやってきた鈴木夫妻は、知人を通じて山田夫妻と知り合う。慣れない土地での暮らしが落ち着いてくると、菜々子さんは「草木染めをする工房を持ちたい」と思うように。同じころ貴美さんも「食堂を開きたい」と言い出した。

 

「だったら、みんなそれぞれやりたいと思っていたことを集めて、複合施設をつくっちゃおうかということになった。西粟倉には、自然環境はとてもいいけれど、友人同士で集まれる飲食店や、イベントスペースのような場所がなかったんですよ」(宏平さん)

鳥取を拠点に活動しているatelier ukiroosh(アトリエ ウキルウシュ)。矢野志郎さんによるアクセサリーは透明感に溢れている。
鳥取を拠点に活動しているatelier ukiroosh(アトリエ ウキルウシュ)。矢野志郎さんによるアクセサリーは透明感に溢れている。

そこで、その場所として選んだのが、西粟倉からも車ですぐの大原宿にあるこの建物だった。30年ほど前から空き家になっていたのを観光協会が管理し、たまにイベントなどで使われていたのだそう。相談すると、会長さんが快諾してくれ、家主に交渉してくれたのだという。正式に決まったのは2012年12月のこと。そこから、オープンに向けて怒濤の改修工事が始まった。

 

「使われていたとはいえ、あちこちに手を入れる必要がありました。しかも、オープン日は決まっていて翌年の3月末」と宏平さん。というのも、大原では、毎年、3月〜4月にかけて「古町のひなまつり」が開催され、一番の賑わいをみせるからだ。

菜々子さんの染色の工房からは中庭が見え、とても居心地のいい空間。
菜々子さんの染色の工房からは中庭が見え、とても居心地のいい空間。

改修の一番は、メインの食堂となる場所を気持ちよい空間に仕上げること。ここは、木工の専門家の山田夫妻の腕の見せどころ。土台は、地元の大工さんに手伝ってもらったが、ほとんどは自分たちが手がけた。天井を抜いて梁を見せたり、壁を抜いて空間をつないだり、床も西粟倉のスギに張り替えた。さらに、草木染めの工房の候補だった離れは、廃墟同然。掃除をして、壁や床を抜いたり、土をいれたり、とにかく大変だったようだ。

 

「潤沢な予算があるわけではなかったから、自分たちでやるしかなかったんですよ(苦笑)。大阪や東京にいる友人たちを“メシと酒はあるから!”と呼び寄せて、たくさんの人に手伝ってもらいました」(哲也さん)

 

「でも、僕らはこの家を“もとに戻した”だけ。もともとの古民家がとても素晴らしかったから、お金かけなくても、もとの佇まいを生かしていけば、すてきになるとわかっていたので」(宏平さん)

 

なんとか、改修を終え無事に2013年3月にオープンした「難波邸」。オープン後の様子については後編で詳しく!

 

 

>>コロカルでは、難波邸で毎月第二土曜日に販売しているパン屋さん、タルマーリーの渡邉格さん麻里子さん夫妻を取材しています。

⇒くわしくはこちらからどうぞ:COLOCAL

 

 

文・塚原加奈子 写真・山口徹花

難波邸

【住所】岡山県美作市古町1621 【電話】0868-75-3104(代表) 0868-75-3314(工房直通) 【営業時間】11:00〜17:00 水曜・木曜休

http://nambatei.com/