つくり手として共感する、職人たちのこだわりを探して。
「よく聞かれるんです。"なんでこんな店を始めたのか"って。できごころからとしかいいようがないんです」
平翠軒の店主・森田昭一郎さんは、店を始めた経緯をそう話す。明治から続く、森田酒造の長男として生まれた森田さんは、上京し、大学へ進学後は、広告代理店に勤めた。
「しかし、研修後営業にまわされ、合わなかったんですね。8か月で辞めてしまいました。一方で長男ですから、酒屋を継ぐことについては、定まった運命みたいなものです」
家業を継ぐも、その道のりは順風満帆というわけではなかった。三代目として経営を継いだその年、オイルショックの影響で酒の消費量が低迷。森田酒造も売り上げが落ち、廃業は目前。
そこで、森田さんは、通常の仕込みからひと手間もふた手間も加えた酒づくりを試す。周囲からは「面倒なだけだ」と呆れられるも、できあがった酒は他にはない激辛の味。これが売れ、森田酒造は経営を立て直した。その後、森田さんは食べ物好きが高じて、48歳のときに平翠軒をオープンしたという。
「酒づくりは、じっくりとひとつの場所に構えて、大切に育てていく仕事なんです。人も、素材も。時代が動いたとしても、変わらない伝統的な製法がいい酒を生む。そういった基本を違えると、すべてがダメになってしまうんです。でも、平翠軒のような店は時代と一緒に動く必要があります。動いていないと、乾物屋になってしまうわけですから。その相反する性格が、それぞれやっていて面白いですね」
相反するとは言え、森田さんの酒づくりと店づくりに共通していることもある。それは、昔ながらの製法と素材の良さを最大限に生かした食材であること。
平翠軒を開くきっかけも、そんな食材との出会いからだったという。それが、能登半島近辺の漁師がつくる「いなだ鰤」。いなだ鰤は、初冬にとれた鰤に塩をして半年以上軒先につるし、乾燥させたもの。雪や雨風を受けるうち、何とも不思議な保存食になるのだという。能登の風土がつくりだした食材。感動した森田さんは、このような食材を集めた店をつくることを決心したのだった。どこか自分のものづくりの原点を確かめるように。
そうやってオープン以来、たくさんの食文化に出会ってきた森田さんが、いまはまっているという商品を教えてくれた。それが「アンコールペッパー」。
「通常ペッパーというのは、乾燥させて焙煎しますね。しかし、原産国では、生のまま使うようなんです。しかも、カンボジア、ラオス、ベトナムのコショウはとても優秀。特にカンボジアの胡椒は、原種に近いものが残っているそうです。カンボジアの胡椒を塩漬けにして生胡椒として、日本のNPOが加工し、売り出しているんですが、それを食べると非常に素晴らしいんですよ。植物の実だというのがわかる。フルーツを食べているような感じです。そういった食文化は他にはない。いいでしょう。そういう物語があると、ほしい!と思ってしまうんです」
面白い食文化は、もちろん日本にも眠っている。蒸した大豆を発酵させ、天日干しした「唐納豆」もそのひとつだ。
「唐納豆は、卑弥呼の食卓にもあったと言われるほど古い食べ物。この唐納豆をつくっているのは、浜松の味噌屋さんです。珍味なので、万人受けする商品ではありません。味噌屋さんもなぜつくっているかと聞いてみたら、“先祖代々つくっているものを自分の代で絶やしてしまうのはもったいないと、売れなくてもいいから、つくっているんです”と言います。“じゃあ、ください”となるわけですが、もちろん、うちでもたくさんは売れませんね(苦笑)」
仕入れたところで爆発的なヒットを生む商品ではないけれども、職人の心意気を知ると、どうしても手に入れたくなる。なかには、7年間通い続けながらも、まだ取り扱わせてもらえないものあるという。
「でも、それがほしいんです。だから買う。ただそれだけなんです。単にそのものだけを見て、売れる売れないという視点でものを仕入れるということを、僕は一切やりません。それが生まれた風土や素材、つくり手。バックストーリーを見てしまうわけです」
ただ、そうすると、どこかで経営に負荷がかかってくる。そこで、オリジナル商品をつくり始めた。素材にこだわり、シンプルな製法で。
「いまは、300品目ほどありますね」
平翠軒オリジナルの商品には、素人さんがつくったものが多い。
「素人の方は、添加物の知識がないことがいいですね。素材選びも厳選していますから、安心で安全な商品というわけです」
佐々木さんというおばあちゃんがつくる、冷凍の「ささげ豆の赤飯(3個入り473円)」も、平翠軒の支店では、売れ筋商品のひとつなのだそう。確かに、家庭の味を買えるところはなかなか少ない。
「しかも倉敷というところは、瀬戸内海に面して横にひろがっていて、温暖な気候です。山も近く、平野では農産物が、海では海産物が手にはいる。よいものが生まれる土壌があるんだと思いますよ」と森田さんは言う。
何十年も酒づくりに携わってきたからこそわかる、素材と、製法の大切さ。その審美眼を研ぎすまして集められた平翠軒の美食の数々。「酒屋の息子の道楽ですよ」と森田さんは言うが、道楽であれば、ただ、品質が保障される高価なものだけを集めればいい。平翠軒は、そうじゃない。あえてひと手間も、ふた手間も加えてつくられた各地の食文化が集まる。そして、大手メーカーでは実現できない素材にこだわったあたたかい商品も。それは、森田さんが行ってきた酒づくりと同じだ。
「もともと、食べ物が好きですからね。やっぱり新しい味に出会うと楽しいんですね。だって、新しいものに出会っていかないと人生面白くないでしょ」
>>マガジンハウスのwebマガジン『colocal』では、平翠軒・森田さんと倉敷味工房の取り組みを掘り下げて取材。どんなストーリーか・・・。
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文・塚原加奈子 写真・嶋本麻利沙