見たことない、食べたことのない食文化が大集合!
岡山県倉敷市にある「美観地区」は、土蔵のなまこ壁などの昔ながらのまち並みが残る風情あるエリア。今も、その建物には、多くの人が暮らし、商いをしている。カフェや雑貨店、工芸品店などが軒をつらね、散策するだけでも楽しい。
そんなまちの一角に店を構えるのが、食のセレクトショップ「平翠軒(へいすいけん)」だ。今年でオープン 22 年を迎え、創業から変わらない 29 坪のこじんまりした店内には、日本の津々浦々から集めてきたもの、そしてイタリアやフランスのものまで、美食家を唸らす品々が所狭しと並んでいる。
現在までに取り扱っている、商品の数は、なんと 1700 品目!
自らを「ただのおたくですよ」と笑う店主・森田昭一郎さんが探してきたものを中心に、商品は入れ替わりながら、少しずつ増えていったという。
早速森田さんに、店内の商品を案内してもらった。
平翠軒に置かれている商品は生産者が明確。商品にはひとつひとつ、つくり手のバックストーリーが書かれた札が貼られている。どこで、誰が、どんな想いをこめてつくっているのか。森田さんは商品を手にとりそのストーリーを語り始める。まずは、ジャムや瓶づめなどが積まれた棚から森田さんがひとつを取り出した。
「これはね、ポン酢をつくっている萩(山口県)の柚子屋さんのものです。ひとつの夏みかんの上部と下部の果肉ぎりぎりの端っこの部分、2スライスしか使わないこだわり。そうしないと実現できない歯触りや香りがあるんですね。他の部分は使いません。これが柚子屋さんの主張なんです」
と、森田さんが手にとったのは、柚子屋本店の「夏みかんスライス」。
地元で採れる厳選した夏みかんでつくられるこの甘露煮の原材料は、夏みかんとグラニュー糖だけ。しっとりとしたなめらかな食感とさっぱりした甘さが人気商品なのだそう。
続いては、森田さんがイチオシするオリーブオイル。イタリアの南と北とではそれぞれ風味の異なると、平翠軒で取り寄せるオリーブオイルは、現在5種類を森田さんが厳選した。
「イタリアの家庭では、大型の5L 缶で買うのが通常です。こちらも5L 缶で仕入れますが、日本では、そのままだと売れません。だから、安く仕入れた酒瓶に小分けにしています。低価格でおいしいオリーブオイルを提供していると自負していますよ。オリーブオイルは、他のオイルと異なり、果実を絞ってつくりますから、いわば、果汁。体にも非常にいいです」
続いて一番奥の売り場の片隅にあった、ラム酒を手に取った森田さん。
「これはね、5人の定年退職した日本のおやじたちがラオスへ行って、自分たちでサトウキビからつくり、それを発酵、蒸留させてつくった、ラム酒です。とにかく、香りがすばらしい逸品です」
香りが高いラム酒というだけでも試してみたくなるが、定年後にかけた、彼らの夢が詰まったと思うとなんだか、熱い想いも伝わってくる。そんな風に、森田さんは、老舗、素人に関わらず、つくり手たちの想いごと商品を請け負う。
だから、森田さんのことを「食のコレクター」なんて呼ぶ人もいる。
岡山県・吉備高原にある吉田牧場とも、森田さんは長い付き合いだ。吉田牧場は、チーズを語るには、日本では外せない生産者のひとり。その深い豊かな味わいは、イタリアの要人たちの舌をも唸らせるという。しかし、森田さんがつき合い始めたころ、日本では、まだまだ「チーズ」に対する需要が格段に少なく、吉田牧場では、チーズが売り切れないことも。
吉田さんがゼロから、土地と牛を購入し始めた牧場。まだ認知度は低い。そんなときは、平翠軒で購入することもあったのだそう。森田さんは、当時から吉田牧場のチーズはスペシャルだったと話す。
「特にぼくが素晴らしいと思うのはラクレット。茹でたジャガイモなんかと食べると、絶品です。吉田さんという方も、本当に素晴らしいひとですね。本当はとても人気で手に入らないことが多いと聞きますが、平翠軒には、今も定期的に送ってきてくれます」
そんな風に平翠軒に置かれる商品は、どれも職人たちの情熱がつまったもの。その管理には、取り扱うほうにも責任がかかってくる。
「冷蔵の温度も8段階にわけています。例えばチーズは、8〜12℃が適温です。つくり手に話をもちかけるとき、彼らが気にすることは、店でどう扱われるか。温度管理を一歩間違えれば、せっかくつくりあげた味も損なわれてしまいますから。値段交渉も一切しません。つくり手の意思は、100%受け入れます」
そう、職人への想いがひと一倍あるのは、森田さんもまたつくり手のひとりだから。実は、森田さんは、代々続く森田酒造の三代目。平翠軒をオープンさせるまでは、ずっと杜氏たちとともに、酒づくりに打ちこんでいた。
そんな森田さんが、なぜ平翠軒をはじめたのか―—
この続きは、また後編で。
>>マガジンハウスのwebマガジン『colocal』では、平翠軒・森田さんと倉敷味工房の取り組みを掘り下げて取材。どんなストーリーか・・・。
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文・塚原加奈子 写真・嶋本麻利沙