すべては、この店が続いていくように。
丹波篠山のいいものが集まる店、プラグ。店主の吉成佳泰さんは篠山の出身ではなく、もともと神戸に住んでいて、篠山に通うようになったそう。現在の篠山周辺は、プラグのほかにも古民家を改装したおしゃれなショップや、若い店主による個性的な店が増えたが、プラグが移転してきたときは、そういった店はほとんどなかった。いまや丹波篠山の"仕掛け人"とも言われることのある吉成さんだが、もともと焼き物などに造詣が深かったわけではない。
10代の頃、神戸で洋服屋をやりたいと思っていたが、いざ大人になったときに、まちや店の状況がほとんど変わっておらず、似たような店が増えていたことに違和感を覚えたという。
「最初は神戸でカフェやギャラリーをやっていたんですが、それももういいかな、と思って。縁もゆかりもない篠山に来ました」
随分思い切った選択だが、初めて篠山に来たときの体験が忘れられないと吉成さんは話す。
「泊まった翌日の早朝、すごく深い霧が出ていたんです。周りが見えないくらい深い霧だったんですが、それが夜明けとともにパーッと晴れてきて、そこで見えた景色、景観に刺激されました。何のつてもないけれど、来るべくしてここに来たんだと直感的に思ったんです」
先駆者は何かと苦労が多い。まして、よく知らない土地であればなおのこと。でも、本当にかっこいいと思える人たちに出会い、篠山という土地でやっていくことを決めた。いちばん影響を受けたのが、柴田雅章さん。丹波焼の里である立杭の窯で修業し、独立して自分の窯を持つ陶工だ。
「柴田さんの家に行ったときに、本当にすごいと思ったんです。うまく表現できませんが、どんな雑誌やお店で見るようなものよりも、柴田さん自身が本当にいいと思うものにあふれていた。そういう培われた感性に感動しました」
プラグの開店後、吉成さんはまちづくりの仕事にも携わるように。行政とともに、古民家を新しいお店として再生させ、新しい店が20店舗ほど増えた。吉成さん自身が誘致した店もある。
ほかにも、篠山市が運営する温泉「こんだ薬師温泉」の周辺地域を盛り立てる仕事や、廃校になった小学校をリノベーションし、地元のおじいさん、おばあさんたちに手伝ってもらいながら、地元の野菜を使ったカフェをつくるなど、その仕事は幅広い。
イベントの企画なども手がけている。10月に開催する「ササヤマルシェ」は今年で4回目を迎え、7日間の開催で、毎年10万人以上の集客があるという。篠山の町家を舞台に、クラフト作家やデザイナー、ショップ、さらに地元の農家なども出店するというのがユニーク。
「お祭りみたいですよ。ヒッピーみたいな農家さんもいれば、有名なセレクトショップ、そうかと思えばその隣には地元の焼き鳥屋のおばちゃんがいたり(笑)」
けれど、吉成さんとしては、こういった活動は一段落。もともとまちおこしをするために来たのではない。古民家再生や小学校での活動は、ほかに育ってきた担い手にまかせ、プラグに専念したいと考えているそう。
「自分が仕事をする周辺の環境を整えるという感覚だったんですよね。僕のなかでの環境整備は終わったので、これからはどこまで質を高められるか、というふうに変わってきました」
篠山の外からも、お店をつくってほしい、イベントを開催してほしいといった仕事の依頼があるそうだが、いまは引き受けるつもりはない。
「陶工は窯が大きくなってくると、仕事の醍醐味として、大きなものをつくりたくなるそうです。でも大きいものをつくっても、日々の小さい器もつくる。その繰り返しなんです。僕がやっているイベントも大きな仕事。ちょっと無理をしているくらいです。失敗することもありますが、その失敗を経験して自分の店に立ち返ることができます。やってきたことは糧になっていると思います」
いろいろな仕事をしてきたが、やってきたことすべてが、この店に集約されている。いいものは続いていくという吉成さんの信念とともに、プラグはこれからも続いていく。
>>マガジンハウスのwebマガジン『コロカル』では、プラグでもその製品を扱っている「多鹿治夫鋏製作所」を取材。
⇒くわしくはこちらをどうぞ:COLOCAL
文・榎本市子 写真・嶋本麻利沙